DAY38 カミーノ32日目 ペドロウゾ 〜サンティアゴ デ コンポステラ 巡礼最終日
ついに迎えた最終日朝。
マリーおばさんがちょっとTシャツ見てよと言ってくる。
お分りだろうか。
昨日アルベルゲ前の土産物屋で作ったらしい。
ブラジルチームの名前一覧の中、6番目に僕がいる。
ありがたいなあ、本当にありがたいなあ。
朝から泣きそうになる。
アルベルゲ近くのカフェで朝食をとっていると、サプライズでヘナタのファミリーが登場。
ヘナタの家はポルトガル北部なので、車で数時間なのだそう。
一緒に歩いてゴールするよってことで、親兄弟親戚彼氏、一気に6人のメンバーを増やして一行はサンティアゴへ向かう。
今まで何かに取り憑かれたように前へ前へ早く早くと進めていた足も、今日ばかりはみんなゆっくりと。
今までを噛み締めながら、そしてどことなくまだ終わってほしくない気持ちを抱えて、散歩のようなスピードで歩いていく。
やがて、サンティアゴの街を臨む丘、モンテ・ゴゾの丘。
そこに見える大聖堂の姿をしばし眺めていて、全員が揃ったときにそれは始まった。
ブラジル、ポルトガル、そして日本。
総勢18名が手を繋ぎ輪になっての小さな、そして根源的ともいえるミサ。
オズマールが祈りの言葉を唱えていく。
そしてミサの最後、全員がそれぞれと感謝の言葉を口にちしながら抱き合っていく。
全員が泣いていた。僕も言葉はわからなかったけれど泣いていた。
うるさ型のマダムの1人が僕に言ってくれた。
「You are very,very,very beautiful.」
もしも見た目のことだとしたら即ブラジル移住決定だ。
が、そうでないことくらいはわかってる。
では何を美しいと称えてくれたのだろう。
在り方、という言葉が浮かんだ。
ただ歩き、生きることに必死で、美しくあろうと繕う暇なんて一つもなかったけれど、この道で自然と、良く、正しく在ろうとしていたことをそのように捉えてくれたのだとしたら。
ならばこれからも胸を張って生きていける、そんな言葉だった。
丘を、途中モニュメントへ寄り道などしながら下ればそこはもうサンティアゴの街。
だらだらと、最後にビール休憩など挟みながら大聖堂へ向かう。
このビール休憩時に、レオンで別れたルイス親子と遭遇。ブラジルチームと喜びあっていたのはもちろんだが、僕のことをその中でも大事な友達として扱ってくれたのは嬉しかった。お母さんも僕の無事を祈ってくれた。僕はお母さんの長生きを日本語で祈った。
さあ、行こう。
入り組んだ旧市街の街を登っていく。
道で行き合った顔もたくさんいる。
おめでとう、ありがとう、の交換、そしてハグの嵐。
ああ、やっぱり大道芸ズもいた。
「遅えよう、origamiないと稼げないよ、戻ってきてねー」
ほらやっぱり会えた、そしてやっぱり最後までこの調子。
大聖堂脇の数mのトンネルを抜け、広場に出た瞬間、全員の喜びが爆発した。
そこはサンティアゴ0km地点。
振り返れば大聖堂。
そう、ここがゴールだ。
みんなが泣いて喜ぶ中、僕は一人で大聖堂を見上げていた。
ゴールできたことはもちろん嬉しいことなんだけれど、今日この日にこのチームと、そして周りに大勢いる、この旅で友達や顔見知りになった人達が一緒でなければここまで感慨深くはないんだろうな、というのが正直な感想。
僕の中に残ったもの。
それは、800km歩いたという記録ではなく、多くの人と出会い、楽しいことも苦しいこともたくさん考えた、そんな記憶。
「重要なのは、ゴールよりも“The Way”」
大切な言葉が胸を突く。
自然と手を合わせ、大聖堂に向かって一礼。
これにて僕の巡礼の旅はおしまい。
「ありがとうございました。」
<今日のワンポイント経験値>
・巡礼証明書はピルグリムインフォメーションとやらで申し込み。この事務所は大混雑で2時間くらい待ちます。ですが、同じ日同じ場所からスタートしたグループであれば、入り口のお兄さんにグループであることを告げてそれ用の申請書をもらえば並ばなくても後で取りにくればいいシステムです。
・サンジャンから歩いた人へ。希望すれば歩いた距離を入れてもらえるのですが、記載はなんと799km(笑)。まじかよ今から1kmくらい歩いてくるから800kmにしろよ・・と、貰った全員が叫ぶ仕打ちですが諦めましょう。
・夜のミサは19時からです。夜は香炉振りはありません。(昼も300€以上の寄進がないとやらないのですが)
<今日の支出>
・食費 17€
・宿泊 18€
・証明書発行 5€
合計 40€
<今日の1曲>
Whatever / Oasis
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