DAY79 太陽と埃の日々④ エルサレム④ 金曜日は特別な日

キリストの墓は日本にある説、ご存知ですか?

青森県民(特に南部の人間)は、青森県戸来村にあるキリストの墓を本物であると信じています。

そしてわたくし母方の田舎がそちらなので、英才教育でその説を教え込まれてきました。
何なら、十和田の民はユダヤ人の血が混じっているということだってまだ心の中では信じています。




さて今日は金曜日、日没から安息日なので午後から街がどんどん静かになっていく日。
バスなども大半が止まってしまうため安息日を避けて来訪する人が多いです。
が、宗教的なものに興味のある人は、金曜日こそエルサレムにいるといい、という記事を発見したので体験してみようという1日です。





ヴィア・ドロローサ。

キリスト教(アルメニア正教)の儀式。

安息日はユダヤのものなので直接関係はないが、毎週金曜日に行われるもの。


キリスト最期の日、死刑判決を受け自ら十字架を運び、そして磔にかかるまでの道のり約1kmを、祈りを捧げながら歩きましょうというもの。
一般人も隊列にくっついていく感じで参加可能。


16時。

スタートは「ライオンの門」から入って数百m、エッケホモ教会から道を挟んでトイメンの階段の上(今は学校の中庭)から。


→15時半にエッケホモ教会にいると群衆が動くし、教会の人も教えてくれる

そこから聖墳墓教会までを歩く。

途中、ステーションと言って道のりの中で起こった逸話の場所で止まって、説明と祈りを捧げながら進む。
(イエスがつまづいた場所、マリア様がイエスを見た場所、など)
このステーションは14箇所。

これも詳細はすでに先達がブログに書かれていたので参照すると良いでしょう。
ただし途中のいくつかは結構わかりにくいです。(数字の看板など分かりやすいところも複数あるけれど)

さてその道のりですが、ムスリムのエリアのど真ん中、バリバリ営業中の店の間を抜けていきます。

他宗教の群衆が店の目の前をみちみちと歩いていくわけです、僕ならきっと苦々しく見つめるはずですのでムスリムたちの表情を見てみました。

が、あっけないくらい涼しい顔です。
というより、無視というには生ぬるいくらい、石ころを見るような興味のない目です。
好きの反対は嫌いではなく無関心だとよく言われますが、その静けさに怯えるくらいの無関心です。

現実を受け入れてのものだともいえますが、却って一触即発の危険性を感じるのは考えすぎでしょうか。
この街は、ユダヤも含めて皆そのように危険なバランスでの共存をしています。
さて聖墳墓教会に入ったらそこがゴール、なのですが、教会の中各所で祈りを捧げ歩いているので、全ての儀式に参加するとゆうに18時を回ります。

しばらく様子を見ていたところ、教会内の別の場所から祈りの声が聞こえてきます。
見ると、衣装の違う団体(違う流派。ギリシャ正教??)が同様に信者を引き連れ祈りを捧げて歩いています。
どうやら、異なる流派がそれぞれヴィア・ドロローサ的な儀式を行っているようです。
見事なまでに時間と場所を少しずつずらして、お互いの顔が正面切って向かい合わないように調整されています。


が、声は自ずと響くもの。
大音声の中に、どこか負けじという意地を感じたのは僕だけではないと思います。

流派が違ったって同じキリスト教なんだから喧嘩にはならんでしょう?と思ってしまいますが、複数の流派が教会内の管理の縄張りをもっていて、大掃除の際には足が入っただのなんだので大乱闘になったりすることもあるそうです。


そう、遠くの他人より近くの親戚のほうが実は細かい諍いは起こしやすいもの。

ピリピリとした空気が高まっていき、観光客はこの線から入るなこっから寄るななどと翻弄されている中をそっと出てきました。


なんというか、いちばん醜い骨肉の争いを見せられた気がして興醒めです。






そして次に向かった先は、嘆きの壁。


ユダヤ教徒は安息日に入ると大勢嘆きの壁に集まり祈りを捧げると聞きました。

先日は昼間だったせいもあり祈る人は少なかったのですが、安息日はどのようなものでしょう。
日没前から人が続々と集まってきます。
みんな厳粛というより、やあやあどうも、という感じ。

兵隊さんも日没からは休みになるのか、楽しげに集っています。
ああ、日が暮れてきたな、と思う頃、気づけば壁の前の広場にはユダヤ教徒が溢れかえり、祈りが重なり大音声です。
ユダヤの祈りは節が付いているので、あちこちで合唱しているようにも聞こえます。

グループで輪になって踊って(?)いる人たちもいます。

雰囲気としては、例えば浅草三社祭のような感じです。神輿はないけれど。
場のテンションが徐々に上がり、一種トランスのようになり、そして徐々に下がっていく。
見事な儀式をみた気持ちです。

なお、一番アガるのは日没の少し後。
その時になるといきなり前触れなく写真禁止になります。
載せた写真は、怒られるまで撮っていたもの。(つまり怒られました)

日没前、僕はギリギリまで近くで見ようと広場入口から少し入って、口煩い重鎮っぽい爺様の隣に陣取って見ていたのですが、
10分くらいして爺様、僕に「何やってる?」
と。ああ、もう広場から出ないと怒られると思ったら「もっと中に入っていかんか」と。

はて爺様はこの東洋人の僕に何の面影を見出したのでしょうか。
何故か他にも何人かに頭下げられたりしました。

確かによく観察すると、ユダヤ人のデブの系統の顔が、僕の青森の従兄弟にそっくりです。そしてその従兄弟と僕は基本のパーツがそっくりです。

もしや今、僕の中のユダヤの血がこの人たちと呼応しているのか・・・?
などと考えるのはとても楽しいのですが、45歳で中2病を発症しては青森のご先祖様に顔向けができませんのでこの場だけにしておきます。

喧騒が収束に向かうデクレッシェンドの中、壁を後にします。

旧市街は静まり返り、人気のなくなった路地は恐ろしさすら感じます。


旧市街を出てもこの調子。
昨日と同じ地点、同じ時間でこれだけ違います。
見事なまでに静まり返った街を歩きながら、さて明日この状態のエルサレムにいても無意味、ならば、ということでやや躊躇していた「国の中の国」に向かうことを決めたのでした。

<今日のワンポイント経験値>
ご飯屋さんもスーパーも、15時くらいから軒並み閉店です。
イスラム系のお店しかやっていないので、この日ばかりは旧市街のほうが見つけやすいかな、と思います。

<今日の支出>
・食費 152s
・宿泊 120s
・洗濯 5s
合計 277s



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